大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成10年(ネ)5218号 判決 1999年12月22日

控訴人(附帯被控訴人)

株式会社新潮社

右代表者代表取締役

佐藤隆信

控訴人(附帯被控訴人)

松田宏

右両名訴訟代理人弁護士

舟木亮一

松田生朗

稲田寛

青山周

平松和也

被控訴人(附帯控訴人)

吉岡達也

甲野花子

右両名訴訟代理人弁護士

木村晋介

矢花公平

森川文人

内田雅敏

伊藤芳朗

主文

一  原判決中控訴人(附帯被控訴人)ら敗訴の部分をいずれも取り消す。

二  被控訴人(附帯控訴人)らの請求をいずれも棄却する。

三  被控訴人(附帯控訴人)らの附帯控訴をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じて、被控訴人(附帯控訴人)らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人(附帯被控訴人)(以下「控訴人」という。)ら

主文と同旨

二  被控訴人(附帯控訴人)(以下「被控訴人」という。)ら

1  控訴人らの控訴をいずれも棄却する。

2  原判決中被控訴人ら敗訴の部分をいずれも取り消す。

3  控訴人らは、各自、被控訴人吉岡達也に対し、金一七四万一二五〇円及び内金一七〇万円に対する平成六年一一月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、被控訴人甲野花子に対し、金五〇万一二五〇円及び内金五〇万円に対する平成六年一一月二五日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

4  控訴人らは、原判決別紙一の要領による謝罪広告を行え。

5  訴訟費用は、一、二審を通じて、控訴人らの負担とする。

第二  本件事案の概要等

一  総説

本件は、被控訴人らが、控訴人株式会社新潮社の発行する週刊誌「週刊新潮」に掲載された記事によって名誉を侵害されたとして、損害賠償及び謝罪広告を求めている事件であり、被控訴人らの控訴人らに対する各請求の内容、本件事案の概要、各争点に対する当事者双方の主張等は、次項のとおり当審における当事者双方の主張を追加、補足するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」の項に記載されているとおり(ただし、控訴人らの被控訴人らに対する各請求の関する部分に限る。)であるから、この記載を引用する。

二  当事者双方の主張の補足等

1  控訴人ら

本件記事のうち、事実を摘示した部分は、いずれも真実であるか、あるいは控訴人らがこれを真実であると信ずるにつき相当の理由があるものであり、したがって、これらの部分の公表によって、名誉毀損の不法行為が成立するものではない。

また、本件記事のうち、意見ないし論評に該当する部分については、その前提としている事実が、いずれも本件クルーズに参加した複数の旅客に対する取材によって得られた事実であり、かつ、真実であるか、あるいは控訴人らがこれを真実であると信ずるに足りるものである。しかも、この意見、論評の部分には、被控訴人らの人格を攻撃するなどのことさらに違法とされるべき点もないから、これらの部分の公表も、名誉毀損の不法行為を構成するものではない。

2  被控訴人ら

本件記事の各問題部分は、乗客からの伝聞を中心として、本件クルーズで提供された食事等のサービス、使用された船舶、船内の雰囲気などの程度が料金に比して極めて劣悪なものであったことや、本件クルーズの企画、運営が、金儲けのために顧客の利益を犠牲にし、無責任なものであったこと等を示す断片的な情報が一方的に羅列されているものである。また、本件記事のうちの「惨憺たるもの」、「裏切られた豪華イメージ」、「難民船のよう」、「クレーム満載の航海」、「ピースボートが市民運動の美名に隠れた金儲け主義の集団だ」、「責任者のいない」などの表現部分は、表現の形式上は一見意見あるいは論評のように見られないでもないが、世界一周などの長期クルーズの実情についてもピースボートクルーズの実態についても何らの知識のない一般の読者の普通の注意と読み方を基準として、全体的に見た場合は、この部分も右と同様の事実を摘示したものに他ならないというべきである。

ところで、本件記事において摘示されている右のような事実は、いずれも根拠のない中傷であるか、サービスや設備上の欠陥から生じたものではない、全クルーズのごく一部に例外的、局部的に生じた事象にすぎず、本件クルーズ全体に対する否定的評価の根拠とするには著しく不当なものばかりである。したがって、右の各事実摘示は、重要な部分において事実に反し、被控訴人らの名誉を著しく損うものである。しかも、本件記事のこれらの事実に関する部分は、本件クルーズのごく一部の参加者のクレームやピースボートの実態に関する誤った事実を基礎とする、全く不十分な取材に基づいて作成されたものであり、控訴人らには、本件記事の内容が真実であると信ずるに足りる相当の理由は認められない。

さらに、本件記事のうちに意見、論評に当たる部分があるとしても、それは、その前提となる事実が重要な点で真実に合致しないことは右のとおりであり、また、被控訴人らに対する人身攻撃を含むなど、本件クルーズに関する意見あるいは論評として許される範囲を著しく逸脱しているものというべきである。

第三  当裁判所の判断

一  本件記事による不法行為成否の判断基準

本件記事(甲一)は、その記載内容から明らかなとおり、市民団体ピースボートが企画・実行した本件クルーズの参加者に対する取材等を基礎とした記事であり、本件クルーズに対する消極的な評価につながる事実を摘示するとともに、本件クルーズ及びピースボートに対する批判的な意見及び論評を表明することを内容とするものである。

一般に、人の名声、信用等に対する社会的評価を低下させるような事実の摘示行為については、それが公共の利害に関する事実に係るものであって、その目的が専ら公益を図ることにあり、かつ、摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があるか、あるいは行為者においてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、名誉既存の不法行為としての故意又は過失が否定されることとなり、また、ある事実を基礎とした人の社会的評価を低下させるような内容の意見ないし論評の表明については、公共の利害に関する事項について批判、論評を行う自由が表現の自由の一内容として尊重されるべきものであることからして、それが公共の利害に関する事項について行われたものであって、その目的が専ら公益を図るものであり、かつ、その前提としている事実について、それが主要な点において真実であることの証明があり、あるいは、行為者においてこれを真実と信ずるにつき相当の理由があるときは、それが人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱するようなものでない限り、名誉侵害の不法行為としての違法性を欠くこととなるものというべきである。

本件記事についても、このような観点から、これが被控訴人らに対する不法行為を構成することとなるか否かを検討する必要がある。

二  控訴人らによる本件記事に関する取材の経緯について

乙九、原審被告加藤の供述及び各該当個所に掲げた関係証拠によれば、控訴人らによる本件記事の取材の経緯は、次のようなものであったことが認められる。

1  本件記事については、平成六年九月一二日、本誌の編集委員である原審被告加藤の元に、知り合いの主婦の友社の部長から、旧知の本件クルーズの参加者が、手紙や資料等をよこして不満を訴えているので、取材してみないかという話が持ち込まれたことから、控訴人らによる取材が始められることとなった。加藤は、同日、右主婦の友社部長と面談して、同人の元に送られてきた本件ツアーの参加者である本多孝子(以下「本多」という。)からの手紙、資料等を預かり、九月一六日、本多で電話取材を行ったところ、本多からは、豪華な船旅と思って参加したのに、食事や船内の雰囲気、オプショナルツアーなどの面で、本件クルーズがいかに不満足なものであったかが語られた。さらに、同日、やはり本件クルーズに参加した恵川美代子に電話取材したところ、同人からも、同様の不満の声が聞かれた。

2  加藤は、ピースボートがその主催者である被控訴人甲野が度々マスコミに登場するなどしている著名な団体であり、その主催する世界一周クルーズも全国紙で取り上げられて大きな人気を得るなど社会的な関心の対象になっており、ピースボートの関係者だけでなく広く一般にも参加を呼びかけて行われた本件クルーズでこのような問題が生じているということは、記事として十分に取り上げる価値があるものと判断し、本件記事に関する企画を本誌で取り上げるよう提案するに至った。その結果、一〇月四日のテーマ班会議及び一〇月七日の編集会議で、本件記事に関するテーマを本誌の特集記事のテーマとして採用することが決定され、加藤がその記事執筆のデスクに指名されるとともに、原審被告鳥山、同内田、大門及び岩本の四名が取材記者として割り振られることとなった。

取材のための資料としては、前記のように本多から持ち込まれた本件クルーズの参加者一〇数名(いずれもピースボートとは特別の関係がなく、新聞、広告等によって本件クルーズのことを知ってこれに参加した一般市民であった。)のリスト、本件クルーズのパンフレット、ピースボート関係の過去の報道記事等が用いられ、取材の具体的な割り振りは、大門、岩本及び鳥山が乗船者に対する取材を、内田がピースボート事務局、評論家、事情通等に対する取材を担当することとなった。

3  鳥山は、三名の乗船者から電話取材を行った。

まず、東京都内在住の男性からは、本件クルーズには旅行業者のプロたる人材が乗船しておらず、誰がツアー全体の責任者であるのか分からず、全体のコントロールをする立場の人間がいないため、傍から見ると主催者側が極めて無責任に映り、乗客の不満が高ずることになり、また、乗船していたスタッフに乗船サービススタッフとしての働きを期待する乗客の不満に対して、スタッフの側では、自分たちは金をもらってやっているわけではなく、一般の乗客と同じだという態度であるため、一般乗船者の不満を募らせる結果となったなどとする、本件クルーズの問題点が指摘された。

また、神奈川県下在住の松本賢治からは、自分は割引によって八〇万円を切る額で本件クルーズに参加し、総合して考えると、今回の船旅はよかったと思うが、中には二〇〇万円近い額を支払って参加した者もあり、そのような人達からは不満が聞かれたこと、不満の第一は食事であり、客から文句が出ているのを何度も聞いたこと、最も問題であったのはオプショナルツアーとして設けられたパレスチナツアーの件であり、下船の二日前になって突然部屋を空けるように言われ、その後に別のツアーの参加者が入室してきたため、中には、部屋を空ける間の金を返せという主張をする者もあったこと、また、船内では、シャワーの排水が不良で、床が水浸しになり、しょっちゅう雑巾で拭き出す羽目になって難渋したこと、さらに、天井から水が漏れたり、排水が悪く部屋の中まで水浸しになったケースもあったこと、プールも、水が汚く、狭くてすぐに人で一杯になってしまったなどということが話された。

さらに、北陸地方在住の男性からは、自分は一九八万円のコースに参加し、今回のツアーに最低でも八〇点は上げたいと思うこと、ただ、スタッフが全くの素人でツアー参加者に対して的確な助言や必要なサービスの提供ができないことを腹立たしく思ったこと、この主催者側に対する不満がパレスチナのオプショナルツアーで爆発したこと、食事がおよそ豪華客船の名に値しないと思われるほど不味く、ステーキはホットプレートで調理されるため中が生焼けでローストビーフのようになっていたこと、ステーキソースも毎回同じで、サラダも六〇日間くらい同じドレッシングが供されるため、食べなくなってしまったこと、メインディッシュが昼夜同じなどということもあり、ロブスターとメニューにあるのに実際は冷凍食品の海老だったということもあり、食べるものはスープとパンしかなくなってしまい、乗船前に七〇キロあった体重が帰国時には8.5キロも減ってしまっていたこと、ニューヨークで下船した際には、大喜びでカップラーメンや缶詰を買って持ち込んでいたことなどが述べられた。

(乙一一、二〇、二一、二二)

4  岩本は、二名の乗船者から面接取材と電話取材を、また、スペイン語通訳として乗船していた者から電話取材を行った。

まず、乗船者である松下正男からは、郵便受けに投げ込まれたチラシで本件クルーズのことを知り、二百三、四十万円を支払って参加したが、金を払っても客扱いをされず、腹立たしい思いをしたこと、本件クルーズはあこぎな悪徳商法にしか思えず、ボランティアの名を借りた詐欺商法だとの憤りを感ずること、船内では日本国内の常識が通用せず、若い女性が煙草をふかし酒を飲んで夜遅くまで騒いでいたこと、船内の風紀が乱れていたこと、スタッフに苦情を言っても「私たちは素人だから」の一言で逃げられ、誠意が全く感じられなかったこと、パレスチナのオプショナルツアー参加者が部屋を明け渡さなければならなくなり、その部屋を別のツアー客が使うという方式は、料金の二重取りではないかと思われること、船内で出された料理が不味かったことなどが語られた。

また、もう一人の乗船者である若杉明子からは、このツアーが「豪華客船による世界一周」をうたっていたため参加を決めたが、ピースボートのスタッフにクレームをつけても「非営利団体だから」の一言で片づけてしまう無責任な対応であり、ピースボートを営利団体であるどころか暴利団体だと感じたこと、船内では、不良少年、不良少女が毎晩のようにロビーで車座になって酒盛りをやっていたこと、プールも小さなもので、港近くでは中の海水が汚れて使えなかったこと、船内の食事では、和食の供されるデッキの方はいつも混んでいて長い行列ができ、まるで難民船のようだったこと、食事の内容は、夕食は多少豪華になるとはいえ、ファミリーレストラン程度のもので、味は不味いし品揃えも貧しく、雰囲気も、赤ん坊が泣きわめき、走り回る子供がいるなど、とてもディナーと呼べるものではなかったこと、同じような目に遭う人がこれからも出てくるのを防ぐためにもピースボートの惨状について一言言っておかねばと思っていたことなどが述べられた。

さらに、スペイン語通訳として乗船した丸山永恵からは、寄港先での通訳の手配等の不手際や金銭管理等に関する不満や疑問、ピースボートというのは素人が学園祭程度でやっていればいいことを、金を集めるようになり、一般の人まで巻き込んで、収拾がつかなくなってしまったもののように感じられるとの印象などが述べられた。

(乙一二、二三、二四、二五)

5  大門は、いずれも名古屋市在住の河田いさを及び川田恵水夫妻と近藤万記子を訪問して取材を行った。

まず、河田夫妻からは、朝日新聞で見た広告で、夫婦で併せて四〇〇万円以上の旅費を払って本件クルーズに参加したが、値段に見合った船旅ができず非常に不快な思いをしたこと、パレスチナのオプショナルツアーで明け渡させられた部屋を他のツアー客に使用させたのは、契約に違反するダブルブッキングであり、立腹したこと、金銭面でもスタッフが自分たち参加者の支払った料金の中から利益を得ているのではないかとの疑惑を覚えていること、乗船客の中に同様の不満を持っているものが多く、相互に連絡を取り合っていること、乗船したオデッセイ号は、豪華客船というにはほど遠く、プールも狭く水は汚れており、食べ物も不味かったこと、船は常に左側に傾いていて、いまにも転覆しないかと心配したほどであったこと、シャワーで使った水も流れない状態であったこと、若者達は短パン姿で騒いでおり、中には下駄を履いて食堂に現れた者もあったこと、最後の方では、デッキで若い子がローラースケートを始める始末であったこと、船内のスタッフの態度にも腹が立ったこと、知らない人が同じような目に遭わないためにもこのようなピースボートの実態を世間に知ってもらいたいと思っていることなどが語られた。

また、近藤万記子からは、二〇〇万円以上の料金を支払い、楽しい船旅ができていれば構わなかったが、とにかくひどいことばかりが次々と起こったこと、八四日間の船旅が全てスタッフ中心のもので、観光のために参加した自分たち乗船客は部外者であり続けたこと、船内の風紀が乱れていたこと、ニューヨークのオプショナルツアーのミュージカルの代金が高すぎ、またホテルの代金が高すぎることや、主催者が安い料金で乗船していることなどから、ピースボートの金銭面への疑惑も募ったこと、船内での食事もひどく不味い代物であり、プールも狭い銭湯程度のもので、バスの水も茶色く汚れていたことなどが述べられた。

(乙一三、二六、二七、二八)

6  内田は、いずれも本件クルーズに水先案内人として参加した雑誌「インサイダー」編集長の高野孟及び河内音頭新聞詠み家元の河内家菊水丸、ピースボートの水先案内人経験者、同人から紹介されたピースボートの内部事情に詳しい者、左翼問題に詳しい評論家からの電話取材を行った。

右高野からは、ピースボートは素人が運営しているのだから、参加者の要求を何から何まで満足させることはできないこと、安楽な旅ではなく、リスクのあるところに行って人と触れ合うという趣旨を理解して参加すべきであり、食事に関しても覚悟をしておくべきであること、あの値段での世界一周にはある程度の不満は我慢すべきで、若者の力で旅行革命をしようとしている趣旨を理解しないで、ただ不満をいうのは感心しないといった意見が述べられた。また、右河内家からは、自分はピースボートの航海に不満を感じたことはないが、慣れない人からすると暗いイメージがあるのではないかということ、普通の旅行とは違うのだから、参加者が受け身になってしまっては駄目で、自分から一歩踏み込む積極性が必要であるといった意見が述べられた。

次に、右の水先案内人経験者からは、水先案内人は、手弁当で(旅費も食費も自己負担で)ツアーに参加している建前になっているが、実は無料で乗船しているものであること、甲野とはAの社長である原審原告乙川の紹介で知り合ったが、当時甲野と乙川とは一緒に暮らしており、二人の関係はピースボート関係者の間でも公然の秘密であったこと、乙川は、赤軍のコマンドで、昭和五一年にストックホルムで旅券偽造の罪で逮捕され、日本に強制送還された人物であること、甲野は乙川が経営するAの取締役を務め、給料もそこからもらっているはずであること、ピースボートという団体は営利団体ではないが、関連団体にBツアーという会社があり、その株主にはピースボートの中心メンバーが名を連ねており、その会社がツアーの企画を立て客と金を集めていること、航海中の船内の風紀が乱れていることなどが説明された。また、この水先案内人経験者から紹介されたピースボート内部事情に詳しい者からは、ピースボートという団体は非営利の市民団体ということになっているが、実際は金儲けを考えている団体であるということ、甲野も乙川もBツアーの株主になっていること、前回の世界一周のツアーでは一五〇〇万円の儲けがあったそうであることなどを聞かされた。

さらに、左翼問題に詳しい評論家からは、甲野と乙川との関係、ピースボートという団体は市民団体で非営利とは言っているが、Bツアーという旅行会社を作り、そこでツアーを企画し、集客と金儲けをし、そこでの儲けがピースボートの活動資金になっているということなどを聞かされた。

(乙一〇、二九、三〇、三一)

7  ピースボート事務局に対しては、事前に日程を打ち合せた上で、一〇月九日に、加藤及び鳥山がピースボートの顧問弁護士である木村弁護士の事務所に出向き、約二時間にわたって、ピースボートの事務局長である被控訴人吉岡及び木村弁護士と面談して取材を行った。

この取材は、加藤及び鳥山から、本件クルーズについて乗船者から不満の声が出ているとして、吉岡らに対してそれまでの取材で集った事例を具体的に伝え、こうした声について主催者側としてどのように認識しているかを質問する形で行われた。これに対し、吉岡からは、食事については不味いという苦情が出たことは聞いておらず、他の噂についてもそうだが、船の中は狭い限定された世界で、そういった噂が何かと飛び交うものであり、そうでなければ、最初から誹謗中傷を意図して作られた話としか思えないこと、ゴールデンオデッセイ号は四つ星クラスの船であり、設備についての苦情はその時報告してくれれば対応したはずあであること、パセスチナのオプショナルツアーについては、説明不足があったことは認めるが、寄港先の国の官憲が荷主の不明確な荷物の積載を許可しない傾向にあることから、その際の措置はやむを得ないものであったこと、船内の風紀の問題は主観の問題であること、本件クルーズは、普通の観光旅行とは異なり、乗船者の全員がピースボートに集ってきた主体的な参加者であるという点がその最大の特質である、このような本件クルーズの趣旨は参加者に事前に説明してあること、そもそもピースボートは儲けが出ない計算になっており、満員になって辛うじて主催者の持ち出し負担がなくなる程度であること、また、ピースボートは、営利、政治、宗教に縛られない国際交流団体であり、日本赤軍などの組織との接触は断じてないことなどの反論が出された。

さらに、翌日ゲラが出た段階で、吉岡のコメント部分を鳥山がファックスで吉岡の元に送信したところ、吉岡が新潮社に来社し、加藤らとの間でゲラの文言について調整を行い、その結果を吉岡のコメントとして本件記事に登載した。

(被控訴人吉岡、甲三、五五、乙一一)

三  ピースボートによる本件クルーズの内容等について

1  本件クルーズの概要

ピースボートが、毎年客船をチャーターして各国に船を出し、現地の人々との交流を深める運動を進めている市民団体であり、本件クルーズが、ピースボート一〇周年クルーズとして行われた第一六回ピースボートであることは、前記引用に係る原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」の「一 争いのない事実等」の項の記載のとおりであるが、関係証拠によれば、本件クルーズの概要は、次のようなものであったことが認められる。

すなわち、本件クルーズは、「夏休み地球一周の船旅」と題し、米国ロイヤルクルーズライン社所有のゴールデンオデッセイ号で、平成六年六月九日に東京晴海を出航し、同年八月三一日に再び東京に戻ってくる八四日間のクルーズであり、その乗船者は、延べ六四四名、うち八四日間の全行程に参加したものは三八七名であり、事前に事務局が発表した参加者データでは、二〇歳台以下の年齢層の参加者が約五〇パーセントを占めているものの、五〇歳台以上の年齢層の参加者も約三分の一に上っていた。また、その一般乗船者の八四日間の全行程の参加価格は、最低価格が一二八万円、最高価格が三九八万円であり、クラスによる料金の差は船室の位置と設備によるものであり、食事及び船内施設の利用についての差はないものであった。

本件クルーズに関しては、全国各都市において数十回にわたり「ピースボート説明会」が開催され、参加希望者に対して本件クルーズについての説明が行われ、また、本件クルーズに参加申込みをした人を対象に、「みんなが主役フォーラム」と題する説明会が、東京で五回、大阪で四回、名古屋で四回開催され、そこでは、船内企画の説明や船内生活の過ごし方、各国現地での行動等に関する説明が行われた。これらの説明会で配布されるなどした本件クルーズの募集パンフレット等では、ピースボートは「みんなが主役で船を出す」を合い言葉に集った好奇心と行動力一杯の若者たちを中心に、大型客船をチャーターしてアジアを始め世界各国を訪れるクルーズを企画・運営するグループであること、ピースボートは市民団体であり、その運営するクルーズは自主管理・非営利で運営されていること、ピースボートの趣旨に賛同すればクルーズへの参加資格は問わないこと、クルーズにおいてはイベント、フォーラム、講師による講義等が企画されていることなどが記載されていた。

なお、右のパンフレット等には、本件クルーズが豪華世界一周旅行であるといったことをうたう記載はなかったが、ピースボートが発行し参加者等に配布したゴールデンオデッセイ号のパンフレットは、大判の美麗なカラー写真入りのものであり、「ノベルティートリップ絢爛」、「白亜の女王」、「外洋豪華客船」、「動く高級ホテル」といった記載があり、また、レストランの紹介文としても「洋上ライフの最大の楽しみのひとつが食事。(中略)格調の高いレストランで、こころゆくまで味覚に酔うことでしょう。」などという記載のあるものであった。

(原審原告古山、甲四、六ないし一五、二七、二九、三四、乙八)

2  ゴールデンオデッセイ号について

ゴールデンオデッセイ号は、一九七四(昭和四九)年に建造され、一九八七(昭和六二)年に約一〇億円をかけて改修工事が行われ、一九九〇(平成二)年一二月にも改装が行われた、総トン数一万五〇〇トン(ロイヤルクルーズライン社のパンフレット(甲二二)による。なお、ロイド船主協会の一九九三年ないし一九九四年当時のロイド船級登録簿(乙四五)では、総トン数は六七五七トン余とされている。)、全長一三〇メートル、全幅一九メートル、最大乗客数四六〇名の客船である(甲二二、二三の二)。

ゴールデンオデッセイ号のプールの大きさは、長さ七メートル、幅3.6メートル、深さ2.4メートルであるが、世界の二万トン級のクルーズ船の中にもこの程度の大きさのプールを備えたものが何隻かあることが認められる(甲二六の二)。プールの中の水は海水であり、少なくとも二、三日に一度は水が替えられていた(原審原告古山)。

本件クルーズにおいては、船体を傾けて航行することがあったが、ピースボート事務局側の説明によれば、これは潮の流れや風向きとの関係で船のスピードを保つために採られた航法であるものとされている。また、客室の天井から水漏れがしたことがあったが、これは参加者の一人が衣類を誤ってトイレに詰まらせたことによるものと説明されている(原審原告古山)。

3  本件クルーズの食事について

ゴールデンオデッセイ号における食事は、朝食は、朝六時半からプールサイドでコンチネンタル方式のものが、七時からレストランでメニュー選択方式によるものが、八時からプールサイドで和風朝食がそれぞれ供され、昼食は、一二時から、レストランでは一皿ずつのサーブ形式のものが、プールサイドではセルフサービスのビュッフェ形式のものがそれぞれ提供され、夕食は、五時半からと七時からの二回入替え制で、コース選択ができるものが供されるほか、午後三時四五分には軽食と飲み物が、また夜一一時には麺類、五目ちらし等の夜食が用意された。朝食等のビュッフェで乗客の行列ができたことは事実であるが、このような事態は、国内外を問わずクルーズにおいてはよくあることとされている(甲六、七一、原審原告古山)。

ゴールデンオデッセイ号における食事の原価については、同船のオーナー会社の関連会社が所属の全船舶における共通の基準としている乗客一人一日当たり8.9ドルという基準が適用されたものとしている(甲三九)。本件クルーズ中に供された食事をいくつかピックアップして撮影した写真(甲五)によれば、その内容は、豪華なものとまでいうことはできず、街のファミリーレストラン等で供されるのとさほど差のない程度のものであったことがうかがえる。

なお、ピースボート事務局側でも、食事にロブスターが供されることになっていたのが冷凍エビになったことがあること、食事中に子供が走り回ったことが数回あったこと、下駄を覆いてレストランに入った者があったことなどは認めており、また、限られた船内での生活が続くことからくる運動不足や食慾減退等のため、長期のクルーズにおいては、食事に対する不満の声が出されることは、ある程度やむを得ないことであると説明している(甲六、原審原告古山)。

4  パレスチナのオプショナルツアーについて

本件クルーズで企画されたパレスチナオプショナルツアーは、ツアー参加者がエジプトのスエズで一度離船して、ポルトガルのリスボンで再度乗船するまでの一一日間、クルーズの本隊とは別の陸路の旅程を進めるものであった(甲六、三三)。ピースボートの配布した本件クルーズの宣伝用パンフレット(甲四)では、「東京を出たら八四日間。ふたたび晴海埠頭にもどってくるまでスーツケースはあなたのキャビンにおいたまま。体ひとつで身軽にアジアの、アフリカの、地中海の、カリブの、太平洋の港みなとに降りたって、好きな街、好みのツアー、知りたい問題の場に向かう。」との記載がされている。ところが、ピースボート側からこのパレスチナオプショナルツアーの参加者に対して、ツアー出発の二日前になって、出発後帰船するまでの間、各自の荷物を出して部屋を空けるようにとの指示が出され、空いた後の部屋には他の地中海クルーズの参加者が乗船してくることとなった。そのため、何人もの乗客から、知らない人が自分の船室に入ってくることに対する不満や、ツアー料金の二重取りになるのではないかとの苦情が出される結果となった。ピースボート事務局の側では、この事態を、持ち主不在の荷物を客室に放置しておくことはできないとする現地の官憲の指示によるものであると説明している(この点について、いわゆる先乗り隊のメンバーとして現地に派遣されてツアーの準備に当たった山本隆は、現にカイロの税関当局者から、船で出国しない者の荷物が船室内に残ることは認められないと伝えられたものと陳述している(甲一〇〇)が、他方で、原審原告古山は、別件訴訟における証人尋問において、今回のツアーについて現地の官憲から具体的な指示があったというわけではなく、官憲による抜き打ち調査があるかもしれないので、それに備えたものであるとする趣旨の証言を行っており(乙五二)、ことの真相は必ずしも明らかでないところがある。)が、荷物取りまとめの通知が遅くなった不手際があったとして、帰国後にこのオプショナルツアーの参加者全員に対して一万円相当の商品券を送り、詫びの気持ちを表す措置を取っている(原審原告古山、被控訴人吉岡、甲六、五五)。

5  本件クルーズの主催者及びBツアーについて

ピースボートのクルーズは、公募の結果集まり、中心になってクルーズを進めていこうとする人たちが主催者となり、クルーズの企画、運営を進めていくという仕組みになっている。本件クルーズの主催者は総数六八名であり、五万円、四五万円、九〇万円のいずれかの主催者出資金を拠出し、これがクルーズの準備費用に当てられた。主催者には、出資額に応じた一割、五割あるいは全額のクルーズ参加費の割引があり、クルーズ終了後採算がとれた場合には出資金は返還されることとなっており、本件クルーズにおいては、主催者の出資金は全額返還され、結果として、この六八名の主催者は、無料あるいは割引価格で本件クルーズに参加できたこととなっている。(原審原告古山、甲三、六)

なお、本件クルーズの収支は、事業収入が企画収入(本件クルーズ参加者からの参加費と考えられる。)一一億三四〇〇万円余、オプショナルツアー収入一億五六〇二万円余を含む一三億一七八七万円余であるのに対し、支出のうちのゴールデンオデッセイ号の傭船費が七億五五九八万円余、オプショナルツアー費一億五七三〇万円余、事務局費三億三七一九万円余であり、主催者出資金一七八五万円を返済した後の収支差額が一五七万円余となっている(乙四三)。

本件ツアーの参加申込先旅行業者は、株式会社Bツアーであり(甲四)、このBツアーは、本件クルーズの主催者にも加わっているピースボートのスタッフの松永充弘が昭和六三年に設立した旅行会社であり、被控訴人甲野や原審原告乙川も、同社の取締役や監査役として名を連ねていた(原審原告古山、甲一八、乙五の一ないし三)。

6  被控訴人甲野と原審原告乙川との関係等

本件記事の本件問題部分6に記載のある「パスポート偽造で逮捕された男性」とは原審原告乙川のことであり、乙川は、昭和五〇年九月、スウェーデンのストックホルムから旅券法違反の容疑で日本に強制送還され、昭和五一年三月六日、旅券偽造の有印公文書偽造の容疑で警視庁公安部に逮捕されたが、その後、同月一七日に釈放されている(当事者間に争いがない事実)。

この際の乙川の容疑事実等に関して、昭和五一年三月六日の朝日新聞夕刊は、「日本赤軍の乙川逮捕」の見出しの下に右逮捕の事実を報道し、本文中で乙川を「日本赤軍の乙川」と呼称し、今回の逮捕も日本赤軍の活動に関連した犯罪の容疑によるものであることを報道しており、同日の日本経済新聞夕刊も、「旅券偽造で赤軍の乙川逮捕」の見出しの下に右逮捕の事実及び今回の逮捕が日本赤軍の活動に関連した犯罪の容疑によるものであることを報道していた(乙四の一、二)。また、同年三月一五日の朝日新聞は、「日本赤軍新橋に国内司令部」、「コマンド補充作戦」、「乙川自供送り出し新組織」等の見出しの下に、警視庁公安部が逮捕中の乙川を取り調べたところ、新橋に日本赤軍の国内司令部があることが浮かんできたとの報道を行い、本文中で乙川を「日本赤軍コマンド乙川」と呼称していたが、同月一八日の朝日新聞は、「自供を全面否定」の見出しの下に乙川が一七日に釈放された事実を報道し、本文中で「警視庁の取調べに対してはずっと完全黙秘を続けた。したがって、日本赤軍の司令部が東京・新橋にあるなどとしゃべったことは全くない。新橋に指令を出す本拠があるとか、海外のコマンド補充のために関係者が帰国したなどと言うのは、警察当局のでっち上げで、事実無根である。」との乙川のコメントを掲載していた。(甲四七の一、二)

原審原告乙川と被控訴人甲野は、昭和五八年のピースボート創設以来第一六回ピースボートに至るまで、共にピースボートの主催者であり、また、乙川は昭和五四年一二月二八日から出版社である株式会社Aの代表取締役の地位にあり、甲野は昭和六三年七月三一日から同社の取締役の地位にあって、同社はピースボート関係の図書を多数刊行している。さらに、甲野は、かつて乙川のマンションを借りていたこともあった。(原審原告古山、被控訴人甲野、甲一九、乙七の一、二)

四  本件記事による不法行為の成否について

1  本件記事の目的について

本件記事(甲一)は、その記載内容からして、ピースボートが企画・実行した本件クルーズの内容等に関する報道及び論評を内容とするものであり、このピースボートの運動が前記のとおり社会の関心事としてマスコミ等でも広く報じられていること、また、本件クルーズが、広く新聞広告や投げ込みのチラシ広告等によって参加者を公募するという方法で企画・実行された旅行業者法二条四項所定の旅行業者の行う「主催旅行」に該当する旅行であり、旅行業者等には誇大広告を行うことが禁止されており(旅行業法一二条の八)、また、主催旅行についてその円滑な実施を確保するための措置を講じることが義務づけられている(同法一二条の一〇)ことなどからしても、公共の利害に係わる催しであると認められることなどからすると、本件記事は、このような公共の利害に係わる社会の関心事に関して、公益を図るという目的から執筆、掲載されたものと認めることができるものというべきである。

2  本件問題部分1ないし5について

(一) 事実の摘示に係る部分について

本件各問題部分の記載のうち、「『食事がまずかった』、『船が古かった』等々、帰国後も少なからぬ不満の声が上がっている。」、「トラブル続出のクルーズ」、「このツアーが“豪華世界一周”を謳い、」との各記載部分(本件問題部分1)、「デッキの方はいつも混み合って(いた)」との記載部分(本件問題部分2)、「プールは狭いし、水は汚い。おまけに船はいつも左側に傾いて走って(いた)」、「シャワーの排水が溜まって、しょっちゅう雑巾掛けをしなければならなかった。中には、天井から水漏れしている部屋もあった」との各記載部分(本件問題部分3)、「クラーム満載の航海だった」との記載部分(本件問題部分4)、パレスチナのオプショナルツアーに関して「料金の二重取りになる、と猛烈に抗議した」との記載部分(本件問題部分5)は、いずれも事実を摘示した記載に該当するものと考えられる。

前記二において認定した控訴人らによる本件記事に関する取材の経緯及び前記三において認定した本件クルーズの内容等からすれば、その人数、頻度、程度等の問題を別にすると、本件クルーズの内容に関する控訴人らの取材に対して、本件クルーズにおいて右の各記載に該当するような事実が現に発生したものと説明し不満を訴えた参加者等があり、また、その内容に該当するような事実のいくつかが現に存在したものと認められるところである。さらに、前記三の1において認定した事実からすると、少なくともピースボートの趣旨等をあまり理解していない一般の参加者については、ゴールデンオデッセイ号のパンフレットの記載等から、本件クルーズについて豪華な世界一周旅行というイメージを抱く者があることは、容易に予想されるところというべきである。

もっとも、控訴人らが直接あるいは間接に取材対象とした本件クルーズの参加者は、前記のとおり一〇名程度にすぎず、しかも、これらの者は、本件クルーズ参加中にその内容等に不満を抱くようになり、その後も連絡を取り合うなどしていたグループに属していることがうかがえるところであり、本件クルーズの全行程参加者の総数三七八名のうちのごく一部のしかも特定のグループのものに限定されていることは否定できないところである。しかし、これらの者も、広告等によって本件クルーズに参加することを思い立った一般の市民であることが認められることに加えて、本件記事(甲一)においてはこれらの取材対象者を「不満組」と表現していることや、また、そこに掲載されたピースボート主催者である被控訴人吉岡の談話の内容等と照らしても、本件記事が本件クルーズの参加者のうちほとんどのものがこのような不満に同調しているとまでするものでないこと、すなわち、本件クルーズの参加者の中に、本件クルーズに際して実際にそこに掲載されたような経験をし、そのため本件クルーズの内容等に対して不満を抱くに至ったものが少なからず存在するという事実を摘示したにとどまるものであると読み取ることも、十分に可能なものということができる。

そうすると、少なくとも、本件クルーズについてこのような内容の不満を訴える者が少なからずあったとする限度においては、右のような本件記事の各問題部分の事実を摘示した記載部分については、その重要な部分について真実であることの証明があるか、控訴人らにおいてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があったことが認められるものというべきである。

(二) 意見ないし論評の表明に係る部分について

本件各問題部分の記載のうち、「ピースボート豪華世界一周を『惨憺旅行』にした責任者」との本件見出し、「トラブル続出のクルーズは“平和”どころか、惨憺たるものだったというのだ。」とのリード部分及び「裏切られた『豪華』イメージ」との小見出し部分(本件問題部分1)、「まるで難民船のよう」との記載(本件問題部分2)、「いまにも転覆しやしないかと心配したほどでした。」、「高い金ばかり取られてえらい目に遭いました。」との記載部分(本件問題部分3)、「クレーム満載の航海だった」との記載部分(本件問題部分4)、パレスチナのオプショナルツアーでのトラブルに関する「料金の二重取りになる」、「私はこの時、ピースボートが、市民運動の美名に隠れた金儲け主義の集団だということを確信したんです。」との各記載部分は、一部前記の事実摘示に係る部分があるとともに、前記認定のような事実等を基とした本件クルーズ参加者さらには控訴人らの本件クルーズに対する消極的な評価を内容とする意見ないし論評の表明に該当するものと考えられる。

ところで、前記二において認定した控訴人らによる本件記事に関する取材の経緯に前記三において認定した本件クルーズの内容等を併せ考えると、本件クルーズについては、主催者であるピースボートという団体の特質や本件クルーズの趣旨を正確に理解してこれに参加した者はともかく、そのような点に対する理解を欠いたまま、単に新聞等の広告に誘われて一般の旅行業者の主催する観光旅行に参加するのと同じような気持ちでこれに参加した特に年輩の一般参加者にとっては、船内の設備や食事、スタッフのサービス、クルーズの雰囲気等の面で、種々の不満を抱かせることとなるような点があったことは、否定できないところというべきである。しかも、前記に認定したところからうかがえる本件クルーズの参加者募集の方法には、予め参加者に対してこのような誤解、不満を抱かせることのないようにするための配慮に欠ける面があり、極論すると、本件クルーズの実施に必要な費用をまかなうために、むしろこのような誤解の生ずることを容認したまま、広く宣伝を行うことによって数多くの参加者を募ることで急でありすぎたのではないかとの疑問も否定できないところである。

本件各問題部分にある前記の各記載のうち、「惨憺旅行」、「惨憺たるもの」、「難民船のよう」といった表現は、このような立場の一般参加者が本件クルーズに対して事前に抱いていた豪華で落ち着いた雰囲気の世界一周クルーズというイメージと前記認定にあるような不満の原因となる要因を持った現実のクルーズの内容に対する不満感との落差を、やや極端に誇張する形で表現したものとみることができ、また、ピースボートを「金儲け主義集団」とする表現も、このような参加者の募集方法に対する批判や、前記の三の5において認定したような主義者に対するクルーズ参加費の割引制度等の本件クルーズの経費面に関する不満等を、いささかどぎつい表現で表したものとみることができる。さらに、パレスチナのオプショナルツアーにおける前記認定のような事態は、このオプショナルツアーに参加しない乗船者と同額の参加費用を支払っているツアー参加者からは、事前のパンフレットの記載からツアーのために不在中も占有できるものと考えていた部屋を、意に反して他のツアーの参加者のために明け渡させられるということで、料金の二重取りとも受け取られかねない問題を含んでいたことは否定できないものというべきである。

これに加えて、これらの意見あるいは論評の表現が、控訴人らの取材に対して本件クルーズの参加者本人の口から現に語られた表現であることは前記認定のとおりであることからすると、これらの意見あるいは論評が前提としている事実については、それが主要な点において真実であることの証明があり、あるいは、控訴人らにおいてこれを真実と信ずるにつき相当の理由があったものと認めることができ、また、それが表現の自由の一内容として尊重されるべき意見ないし論評を行う自由の行使として許容される範囲を逸脱しているものとまですることは困難なものと考えられる。

また、これらの論評等を違法なものであって許されないものとすることができない以上、本件問題部分1に含まれる本件見出しの下に掲載されたピースボートの創設者である被控訴人甲野の本件写真についても、その掲載を違法なものとすることはできないことになる。

3  本件問題部分6について

本件問題部分6は、被控訴人甲野と日本赤軍の関係者でありパスポート偽造の容疑で逮捕されたことのある男性とが親しい関係にあり、その男性もピースボートの主催者の一人であるとの事実を摘示したものである。

ここにいう男性が原審原告乙川を指すものであり、乙川が旅券法違反の容疑でストックホルムから日本に強制送還され、警視庁公安部に逮捕されたことが事実であることは前記認定のとおりであり、また、乙川が日本赤軍のコマンドであったとの新聞報道が広く行われた事実であること、乙川と甲野とが親しい間柄にあるものと認められることも、前記認定のとおりである。そうすると、この事実を摘示した本件問題部分6の記載については、その重要な部分について真実であることの証明があるか、控訴人らにおいてその事実を真実と信ずるについて相当の理由があったことが認められるものというべきである。

もっとも、本件記事が公益目的で執筆、掲載されたものと考えられる理由が、前記のとおり、本件クルーズが公共の利害に係わる催しであると認められることにあることからすると、控訴人らが本件問題部分6のような記載を本件記事に含ませることとした目的がどのようなところにあり、それが本件記事執筆の右のような公益目的とどのように関係することとなるのかは、甚だ疑問といわなければならず、単にピースボートの創設者であり、その顔ともいうべき立場にある被控訴人甲野に関する興味本位のいわゆるゴシップを紹介することによって、甲野に対する個人攻撃を行おうとしたにすぎないもののようにも考えられるところである。しかしながら、被控訴人甲野がピースボートのいわば顔ともいうべき人物として度々雑誌等でも取り上げられている著名な人物であること(乙一の一、二、同二、三)、ピースボートが特定の政治的立場に縛られない団体であることを標榜していることが前記認定のとおりであること、本件問題部分6の本件記事に占める割合がさほど大きなものでないことなどからすると、本件問題部分6の記載のみが独立して、被控訴人甲野らに対する関係で違法な名誉毀損行為を構成するものとまですることには、疑問があるものというべきである。

4  まとめ

結局、本件記事は、控訴人らに保障される言論、論評の自由との関係において、これが被控訴人らの名誉を侵害する不法行為を構成するものとまですることは困難なものというべきことになる。

第四  結論

以上のよれば、被控訴人らの本訴請求の一部を認容した原判決は失当であるから、控訴人らの本件控訴に基づき、原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消して、被控訴人らの本件請求を棄却することとし、また、被控訴人らの本件附帯控訴には理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 涌井紀夫 裁判官 増山宏 裁判官 合田かつ子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例